Rotary12月号

 

   時を超えたレシピ

 

 

 

森のシェフは貴重なマッシュルームを求めて、言い伝えと家族の伝統や記憶から、はるか昔を探っていきます。

              イリアナ・リーガン

妻アンナと運営しているミシガン州アッパーペニンシュラのイン、ミルクウィード。そこからゲスト達が帰った日曜日にはとても空腹になります。ゲストがいると忙し過ぎてまともに食べられないので当然空腹になります。

 

その日がくると、故郷の味が恋しくなります。ただシカゴや森の中にあるこの家ではなく、昔育った家を思い出すのです。その家にはもっと深い意味があります。ブシアつまり父の曾祖母がポーランドのはるか彼方の森で成長した、その家の味にひかれるのです。

 

それはとても切実な望みで、少し前なら欲しいと思わなかった味が恋しくなったのです。チェルニナ(あひるのブラッドスープ)がどうしても欲しくてたまらなくなりました。ここではチェルニナを得るのは容易ではありません。

 

作るためにはボロウィキ(赤茶色のきのこ)が必要で、これがチェルニナに森の深い風味を与えます。チェルニナを作る際には父の言葉から、炉の上の大きな鋳鉄の釜に様々な森の薬草、きのこ、庭からのとってきたものを使って曾祖母ブシアが作っている様子を想像しました。

 

それが彼女のやり方だったはずです。そうしたに違いないのです。母は私たちが持って来た森のきのこで同じ方法を試みました。ボロウィキは、水を導く木の根と混じりながら地下の菌類ネットワークから現れます。私たちのキッチンに、はるばるポーランドから時を超えてやって来ていたのです。このきのこは最も重要な役割を持ちました。ブシアと同じものを作ることはできないでしょうが、できるだけ近づくように取り組むつもりです。

 

ボロウィキを探すことにしました。父は銃を持っていくことを推めましたが、そうはしませんでした。ただいつもオオカミに気を付けるようには助言してくれました。どうしても忘れられないかのように、「ブシアの傷跡」のことを語ったのです。彼はずっと前にブシアの傷跡を見ました。それはかなりひどく、大人になり曾祖母が高齢となった何年もの後でさえそのままでした。

 

あたかもそれがオオカミにつながるかのように話し、ブシアにそれがレシーだったと言われたそうです。スラブ民俗学によれば、レシーは森の神で形を変える能力があり、森に入る前にお供えをする習わしがあります。私はブシアの残した言葉からこのことを学びました。

 

父からも、さらに母と姉妹からも学びました。相互利益性。家族全員からこのことをずっと前から学んでいました。私たちが互いに助け合わなければならないこと。家族ばかりでなく他の人達、周りの環境、土地や森とも。見ることができるもの、見ることができないものとも。

 

ブシアは日が沈みつつある頃ブルーベリーを集める間に襲われたのです。それは彼女が黄昏後に森にとどまった最後の時でした。レシーあるいは狼、もしくは狼たちか、彼女以外誰も確かには知りませんでした。背後から襲ってきて、頸動脈をはずしながらも肩を引き裂いたのです。父はレシーの存在を信じませんでしたが、私はそれを信じるに足る経験をしています。

 

数年間ここにいてブシアが正しいことを理解したのです。もしレシーがいるなら、私たちがしたことに対して襲ってくるかもしれません。私は森に行き、レシーのためにパンの切れ端を小道の入口にある樹の幹に置きました。小さなアンティークのプレートにはひとつまみの塩と自家製のバターを置いて。

 

お供えを残した後、ボロウィキを捜して森深く歩き出します。そこは古いポップアップブックに現れる地の精に似た景色でした。おとぎ話に出てくるきのこが現れます。水彩画で描いたような白い斑点のある黄色と赤のきのこ。これらが現われた時、ボロウィキも同じ姿に従っていたはずです。ブシアと私は森に入りました。

 

彼女と私は1人で入っていきました。1世紀ほど別々に。でもその時は一緒に入って行ったのです。時々森は危険に感じます。しかし恐れてはいません。ブシアもオオカミ、あるいはレシーに恐れていませんでした。時を分けたように並んで歩いていても、ブシアが入った森は私の場合よりはるか昔のこと。

 

彼女の場合は最初の冒険。私の場合は第3あるいは恐らく第4の冒険。野生のキノコの為作られたものでグリップの端にブラシを備えたフックナイフを持ってきていました。彼女も同じようなものを持って密集した森へ姿を消しました。彼女はケープを着用し、私はマッキノージャケットでした。

 

衣服は共に赤と黒。彼女のケープは赤、黒で縁取られており、自身で縫ったものです。私のジャケットは格子縞模様でした。ターゲットのサイトで買ったものです。

 

その衣服は森の中で目立たなくすることを助けてくれました。一方で森の生き物たちがじっと見守っていてくれる気がします。森の存在は講堂の中のむくろのようです。鷹の視界から俯瞰すれば、太陽がやってきたと思えば去り、最初にむくろの肋骨を、その後肩甲骨を照らします。日の光は胸を広げるように丘と川の上に広がります。

 

山の背に沿って歩きました。丘を登り、シダやブドウの木々を通り、臓器や静脈、筋組織や脂肪を通り抜けました。更に深く進みます。そこは太陽が緑と地面で異なる陰で留まり、温かな場所。見晴らしのきく場所から、光は木々を通して行き渡り、熟したライムカラーの毛布のように広がります。

 

右側には野生のコショウの実(チェルニナには申し分のない調味料になる)のようなニオイベンゾインベリーの房がありました。ひと房と少々の卵形の葉を残して、節の部分でニオイベンゾインベリーをカットします。ブーツの隣に地面に沿って生える茶色の枯れた葉を背景にふと目にしたのはミリス。

 

これは森の分泌腺でした。パセリ色だけどもっと強い風味味を備え、スパイシーノートで言えば芳香性がより深く、仕上げの薬草になるはずです。サッサフラスを見つけました。それを親指と人差し指の間でつまみ、こすってみます。香りはルートビアのようでした。ルートビアが好きではありませんが、サッサフラスの香りは別格です。私は4枚の大きな葉を切り取りました。それは親指と他の指をまとめて入れる手袋のようでした。サッサフラス(自然なとろみづけ)はチェルニナには申し分ないものです。

 

クルマバソウがありました。それはまるでタラゴンとバニラとの間にできた赤ん坊のようです。スペード形のカタバミも。シュウ酸成分による酸味があります。私たちは薬としてイラクサ(それらにはまるで苦味のない良い風味があります。)とタンニンの苦りを含むスグリの葉を集めました。そしてアガサ( ほうれん草より甘い)も。

 

ブシアは母親からこのことを身につけました。母親はまたその前の母親から聞いたのです。ブシアがそうささやいてくれた気がします。また私も森の薬草について少しずつ独学で身につけて知っています。全てではないけれど、何を知っているかは分かっています。ボロウィキを捜す間、あちこちで選別収集し、薬草とベリーをかき集めました。

 

ブシアがそうしたに違いない方法を想像しました。炉床にくべた大きな鋳鉄製の釜に、大量の森の薬草、きのこ、庭からの恵みを入れます。目を左右に向けます。森の地表は露でブレンドされた水彩絵の具の絵画のようです。おとぎ話でくるようなきのこ、ベニテングタケは地面に広がる装飾品でした。

 

そのキノコは妙に勇壮な気分に、あるいはぞくぞくする不調を引き起こします。恐らく幻覚のために。手は触れませんでした。でも見つけた時ボロウィキが近くにあることを意味すると知っていました。ベニテングタケが胞子をリリースするために傘を開いた直後に、ボロウィキは間違いなく現れます。

 

葉、ドングリ、松かさ、針、苔、若木、有機堆積物、クモの巣は、地面に様々な斑点を作ります。これらの間に発芽して、尖った先端のような小さなこぶが現れます。私たちは笑い合いました。これがボロウィキ。ナイフを取って地表にあるこぶをカットしました。手できのこをつかみ、目で吟味しました。

 

これは宝物、真の宝物、まさしく私たちの指の間にいます。森の宝。手の中の森の一部。私たちはカバノキ、松、栗色のボロウィキを集めました。きのこは滑らかな帽子をかぶり、その下にえらの代わりにスポンジ状の管孔を持っています。その匂いは、土、松、樹脂、ファンクであり、きのこが成長した場所のすべての木の匂いでした。

 

触れると、繊細な人が顔を赤めるように、色を変えました。料理すればしっかりした噛みごたえから、子牛肉のフライと間違えるかもしれません。父がキノコをさいた後の色にも注意を払わなければならないと言ったことを覚えています。

 

この変化は素晴らしいことといえます。収集に満足したので、小道に沿って森から出ました。樹幹をチェックしたら、パンもバターもなくなっています。塩もこぼれていましたが、やはりいくらかなくなっているようでした。しばらく目を閉じ、ブシアの顔を見ている自分を想像します。それはケープのフード下に陰になって実際に見ることのできなかった顔。

 

イリアナ・リーガン著『フィールドワーク;飼い葉の思い出』より。Agate Midwayから発刊。著作権c 2023。受賞経験のあるシェフであり、レストラン経営者のリーガンは『Burn the Place』の著者でもあります。その本は全米図書賞に対して長くリストアップされました。