オッペンハイマーのための新しい結末
原子爆弾科学者にインタビューしたジャーナリストは考えています。核の荒野から世界を遠ざける為、アカデミー賞候補作は若い世代にどう語りかけたのかと。
パトリック・タイラー
夏の映画でスーパーヒーロー続編やアクションスリラーで気晴らしを求める人が多いなか、2023年そういった傾向に反し、まれな夏のヒット作となった思慮深い歴史映画があります。私は群れをなして入った観客のひとりになりました。
映画「オッペンハイマー」を見たのです。今月のアカデミー賞オスカー最有力候補であり、第二次世界大戦に米国政府原子爆弾の極秘開発について描かれたもので、伝説の二人の物理学者にインタビューした経験から特別な興味を持ちました。
1970年代以来防衛と外交政策を扱うジャーナリズムのキャリアから、若い世代は冷戦後からの核ジレンマをどう新しく理解するだろうと考えました。アルバート・アインシュタインと後継者が残した運命を決する初期の時代を、今なお生きていると分かっているでしょうか。
アインシュタインは原爆作りには参画しませんでしたが、その開発の誘因に手を貸しました。当時ドイツは核を保有する可能性があるとルーズベルト大統領に懸念を示したのです。それは1934年から1938年の間に、ウラニウム原子の分裂から巨大なエネルギーが放出されることが発見された後でした。
映画は1月にゴールデン・グローブ賞を受賞し、世界中の劇場で放映されました。マンハッタン計画の詳細と科学者トップのオッペンハイマーの人生そして彼を取り巻く物理学者達を描いています。1945年7月16日最初の原子爆弾トリニティを製造するため、ニューメキシコのロスアラモス、風が舞うメサに彼らは集まり砂漠を爆発の光線で照らしました。
その成功を受けてB-29爆撃機に搭載可能な二つの原爆を製造します。そして8月6日と9日に日本上空より投下され、大半が民間人であった110,000~210,000人の命が奪われました。私の世代の多くは、「原子爆弾の父」として知られているオッペンハイマーの物語をよく知っています。その称号を受け入れながらも彼は嫌悪感も抱きます。実際は原子の発見を利用する為、戦時圧力で教室から引っぱり出された多くの物理学者の1人でした。
彼らは原子の分裂エネルギーを爆弾に転換すれば誰もがどんな軍隊も打ち破ることができ、その破滅的な潜在力が平和へと世界を導くと信じていました。広島が消滅したというニュースがラジオから流れると、彼は祝勝集会に同僚を連れ出します。
クリストファー・ノーラン監督は、オッペンハイマーが群衆の前で得意げに叫ぶ姿を映しています。「我々はドイツにも同じ驚きを届けられればもっと早く降伏させられたのに。」それは不穏な光景です。しかし残りの人生のほとんどで、アメリカ大統領、議会、一般市民、西欧同盟国に精力的に説得し、平和と経済発展のため国際的な力に変えることで核に蓋をしようとしたこともまた事実です。
彼はウラニウムの採鉱および濃縮、およびプルトニウムの生産に厳密な国際管理を求め、はるかに強力な水素爆弾の開発に反対しました。その意見に疑いの目が向けられ、多くの人が祖国への忠誠心に疑いを持ちました。オッペンハイマーの道徳的矛盾がどこで終わり、社会的地位への野心がいつ始まるのかを判断するのは今なお難しいといえます。
映画は矛盾を抱えた彼を、光に輝きながら鬱に苦しむ喫煙中毒者として描いています。そしてアイルランド俳優キリアン・マーフィーはオッペンハイマーを欠陥のある天才象として見事に表現しました。私達は彼のキャラクターを今なお解き明かそうとしています。第二次大戦前オッペンハイマーはナチによるユダヤ人迫害に反対し、共産党員が集まる知的サロンにも通っていました。
そしてもちろん、高い評価から壮絶な転落にも耐えました。1954年のヒヤリングで共産主義者排除を標榜するマッカーシー旋風の中で保安許可が剥奪されたのです。レパートリーに3本のバットマンムービーがある映画のオープニングで、ノーラン監督は核爆発の火の玉を背景に、大スクリーンにタイトルを浮かび上がらせることでダークヒーローへの愛を表現しました。
「プロメーテウスは神々から火を盗み、人間に与えたことで彼は永遠に岩につながれて責め苦を負うことになりました。」ノーランは20世紀半ばから現在まで核兵器開発競争の背景のいくつかを紹介します。現在母なる地球は9つの核保有国を抱えています。
中国、フランス、インド、イスラエル、北朝鮮、パキスタン、ロシア、英国、アメリカ。私が成長する過程で、核戦争のテーマは遠いものではありませんでした。
ヒロシマ、長崎が灰になった光景は、ちょうど核戦争が現実に迫った幼年期の1950年代と'60年代、机の下に隠れる練習をした小学生にとって馴染み深いものでした。政府の仕事を希望する米国の大学生はロシア語の授業をとり、両超大国が核対立に最も近づいた1962年のキューバ危機の出来事を克明に記憶しました。
ジミー・カーター大統領が職務に着いた頃、若きジャーナリストとして1970年代後半に私はワシントンD.C.にやってきました。核兵器の世界を対象に、国の原子力潜水艦計画の調達問題について著述しています。それは多くの極秘軍事専門家が、アメリカと当時ソ連の兵器庫にあった何万もの原子爆弾を見守り、警戒している世界でした。
ロナルド・レーガン大統領は、核戦争が起こればソ連の大陸間弾道ミサイル(ICBM)を迎撃するために、「スターウォーズ」テクノロジーを使うと約束していました。
この頃マンハッタン計画の理論物理学のトップ、ハンス・ベーテとベーテの下で水素爆弾の設計思想を推進したエドワード・テラーにインタビューしました。映画でも描くように、オッペンハイマーはスーパー爆弾に資源を集中しようとするテラーの願いを払いのけました。
戦後オッペンハイマーが米国の核兵器推進に反対した時、テラーは彼の運命を封じ込めることになる非公開審議で不利な証言をしています。レーガン政権時代にテラーに会った時、「スターウォーズ」システムの提案者として頻繁にホワイトハウスに出向いていましたが、結局はうまくいきませんでした。2022年バイデン政権はオッペンハイマーの死後に保安許可を復活させます。1954年の決定は忠誠心あるアメリカ人に反し、欠陥あるプロセスに基づいていたと宣言したのです。
映画が終わると、核ジレンマに直面したままであることを若い世代に訴えられたかどうかを考えました。私から見れば、多くの人々は核兵器の目に見えない脅威が今でも存在すると気づいていないように思えます。しかし核兵器はそこにあるのです。その数は確かに減少しているものの、未だ数千発が地球に広がっており、いつかの日か宇宙にも存在が及ぶかもしれません。
ティーンボーグ誌は、原子力科学会報の表紙に掲げられた象徴的な世界終末時計について解説し、世界が人類の過ちから終末にいかに近づいているかを示しました。時計の針は世界の終わりとなる真夜中の12時に向かって90秒の位置にいます。しかし今日の若者は、起こり得る核災害より地球温暖化や絶え間ない紛争に不安を抱きながら成長しています。
過去十年間に渡って米国は、核兵器保有量をアップグレードするために数十億ドルも割り当てています。世界の核使用の命令系統は、目に見えない電子的ネットワークに繋がっています。そして惑星を廃埃に帰しかねない核のパワーを抑制する唯一の道は、単純ながら恐ろしい理論です。しかしその理論は隠し壕にある古びた兵器と同様陳腐なものになっています。
私達も知っているように、そのような衝突は結果的に生命の破壊をもたらします。デニス・ウォン(平和のためのロータリー行動委員会の共同創立者)と映画について議論しましたこの委員会は核兵器廃絶を提唱しています。
ウォンは、ノーラン監督が映画で描いた道徳の段階を解析するやり方に強い感銘を受けました。「ほとんどの科学者は、誰も世界を破壊する武器を使わないはずだと考えました。」「原爆は救い主かもしれません。中立の手の中にあって紛争を終結し戦争を終わらせる抑止力としてなら。」
一旦原爆の力が示されると、物理学者は大学に戻り、この圧倒的な技術を良い方向に活用する方法について議論し始めました。例えば安価な電力を世界中に供給するため原子力発電機を開発するといったように。「安全を求めるなら、紛争を防ぐ目的が相互に信頼できる安全性の確保であるなら、物理学者らは原子力の共有によって好意と友情を築く方法を構築しなければならなかったのです。」と、ウォンが言っています。「悲劇は技術が別の方向に瞬く間に進んだことにあります。」
「核兵器は力の象徴であり、政権を維持する力そして影響を維持する力です。」オッペンハイマーの人生と彼が一時的に主導した科学界は、地政学的現実によって偉大な科学的成果もいかに歪められるかを示しました。オッペンハイマーなら今日の核の難題に関して何と言うでしょうか。
ロシアはヨーロッパの要となるウクライナに侵入しており、アメリカやNATOが介在するなら核攻撃を行うと脅しました。イスラエルはハマスによる不意打ちのテロ攻撃後にガザの戦争に突入しました。イスラエルは広範囲に渡る核兵器を保有しており、専門家は存在を脅かすいかなる国家にも対抗使用する可能性があると考えています。
イランはもう一つの核保有国であり、イスラエルの最も警戒すべき敵となっています。北朝鮮は最も新しい核保有国であり、その動きを予想することは不可能です。その間、米国との競争が強まるとともに、中国は過去数年で核兵器保有量を著しく拡大しました。映画は歴史の物語を形作ります。しかしノーランの貴重な映画でさえ、今も直面している核の荒野から私たちが抜け出す手助けにはなりません。
安全な道を構築する方法についてオッペンハイマーの時代を振り返り、思慮深くあることを求められています。パンデミックや気候変動と同様に、核戦争も地球に壊滅的な打撃を与えかねません。それは6600万年前の小惑星の衝突のようなものであり、今の私たちは恐竜と同じ運命にあるのです。
パトリック・タイラーは、ニューヨークタイムズの著述家であり元支局長です。その著書には米国原子力潜水艦計画に関する『うごめく危機』、米国中東政策の歴史を扱った『トラブルにまみれた世界』、1948年以来のイスラエルのリーダーシップをテーマにした『要塞イスラエル』があります。
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